1,ミハエル・ショーロホフ号

昔の話、1999年、ウラジオストーク〜ハバロフスク〜コムソモリスク・ナ・アムーレ〜リダガ〜バニノ〜サハリンというコースで、ロシアを走った。ガルルなどでも「ロシアツーリングは不可能」と書かれていたし、とにかく船にバイクを積んでウラジオストークまで行き、ダメならそのまま帰るつもりで。でも、どういう訳か、走れることだけは走れた。

特に、リダガ〜バニノへ続く385kmの無給油ダートは楽しかった。コムソモリスクでは、アムール川でキャプテンイェリツィンのヨットに乗せてもらった。バニノからサハリンの鉄道フェリーでは、列車と一緒にバイクを乗せて海を渡った。でも、残念なことにサハリンで突然旅が終わった。なにかが問題だったらしい。何が問題だったのか今でも分からない。ロシアでは、何が正しいのか誰も知らない。とにかく、サハリンでは全く走れず、フェリーで北海道に帰った。写真を没収されて。

それから、3年。私は3年分歳をとり、バイクも古びた。二度と行かないだろうと思っていたロシアだが、今年、突然思い立ってまた出かけてしまった。今度はウラジオストークからサンクトペテルブルグまでロシアを横断する旅だ。このレポートはその旅の記録。もうこんな旅は二度としない。長くなるけれど書き残しておきたい。

今年はどういう訳か、ロシアをバイクで走る日本人が多かった。賀曽利さんの道祖神ツアーをはじめ、ほかにもたくさんの人が伏木からロシアに渡った。私ののる7月19日の船にもびわこなまずさんが一緒だった。この人は過去に世界を2周もした人で、出航前には新聞記者の人が取材に来ていた。ロシアを横断して、ヨーロッパに入り、それからアフリカを縦断するそうだ。大橋さんという人が、DRにファラオのタンクなんか付けたすごいバイクで見送りに来ていた。

なんか私のノーマルのジェベル200の方が「お見送りっぽいっすね。」とか言っていると、大橋さんは私のバイクをのぞき込んで、ジェベル200というバイクはクランクシャフトのベアリングに問題があって、50000kmを越えると必ずベアリングがイカレル。「スズキの人が、『ジェベル200に関しては50000km以上走ることは想定してない』って言ってた」と半笑い。「やばい音がしてる。」私のジェベル200はもう、46000km走っている。そういう情報は一ヶ月前くらいにほしかったものだ。

今から考えると、気負って準備しておくのも楽しかっただろうと思う。こういう旅の前には、決死の覚悟で旅の準備をするのも楽しみのうちだったはずだ。私は逆に気負わないように心がけた。2ヶ月と期限を切っていたし。どうも、わずかながらも経験があるということが、躓きの石になっていたかも知れない。ロシアというのは何しろ情報がないところで、地図さえまともに手に入れられない。だから、私としては、1999の資料と経験に頼らざるをえないということもあった。それに、どこかで踏ん切りを付けなければ、飛び出せない。旅が動き出せば、後は身をまかせるしかない。

船に乗るところからいきなりトラブルにあった。船のアドミニストレーターが、インビテーションレターが必要だというのだ。ビザがあるということは、インビテーションレターがあったということなので、いちいち持っていく必要があるとは思わなかった。結局魚津まで取りに帰るはめになった。この時、ルームキーをFKKの人に渡していったのだが、これがどこに行ったか分からなくなってしまったらしくて、同室のびわこなまずさんに迷惑をかけてしまった。お見送りの人にテープをもらっていたのに、それが使えなくなってしまった。

びわこなまずさんから、いろいろ旅の話を聞いた。海外ツーリングの友達も多いので、情報が豊富で面白い。私がついに入手できなかった、ロシア全土のロードマップも、ヨーロッパからロシアを横断して来た友達らもらってきていた。スカボロディノ〜チタの間のバロータをどうするかだが、やはり鉄道で運ぶしかないようだ。一旦ヤクーツクまで北上するという私の計画は、あまり賛同を得られなかった。「確かにヤクーツクまでは道がありますけど、行ってまた帰ることになるかも知れませんよ。」ただ、私はヤクーツクというこの北の町に少し興味がある。大黒屋光太夫とマンモスの町。もしそこから道がなければ、レナ川を船で下るのも楽しいのではないかと思う。何しろ私の旅はロシア限定なので、あんまりまっすぐ行ってしまうと、あっけないことになりかねない。「そんなこといわないで、賀曽利ツアーみたいにロカ岬まで行きましょうよ。」といってくれたが、ロシアを横断してしまえば、ヨーロッパはまた別の楽しみがあるという気がする。それに、鉄道以外のルートを探してみたいという、功名心めいたものもあった。びわこなまずさんは、今回の旅でこういう長い旅は最後にするのだそうだ。私の方は多分最初で最後だろう。「人生最後の夏休み」だと言ってきた。

船はひどく揺れた。前に来た時もそうで、私は食事がのどに通らず、一度吐いて、同室のヨーロッパ行きの鉄道マニアくんに迷惑をかけた。今回は初めから吐くつもりで、コンビニの袋を持ち込んでいたのに、吐かずにすんだ。びわこなまずさんは一度吐いた。 太平洋航路も経験したというのに、このちっちゃな船の揺れはまた別物みたいだ。ほかの人たちは平気だったらしいので、バイク乗りは船酔いに弱いのかも知れない?

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